題字 「関東学生マーケティング大会」
2015年度

・ 関東学生マーケティング大会とは
・ 小野ゼミにとっての位置付け
・ 
2015年度の小野ゼミの研究テーマ
・ 研究経過報告
・ 慶応マーケティングゼミ合同研究報告会出場! (別ページ)
・ 関東学生マーケティング大会当日のスケジュール
 発表会当日
の模様
 研究を終
えて


2015年度関東マーケティング大会論文(全文ダウンロード)

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関東学生マーケティング大会とは



 関東学生マーケティング大会 (旧:関東十ゼミ討論会) は、毎年度
1回、関東圏にあるマーケティングを専攻しているゼミが集結し、12月の発表に向けて研究発表・討論を行う場として開催されます。 それぞれ研究分野が違うゼミ、興味が違う学生と触れ合うことで互いを高めあい、自分たちの研究テーマの幅を広げることを目的としています。 各ゼミは1つないし幾つかのプロジェクト・チームで参加し、研究論文を執筆・交換すると共に、大会当日にプレゼンテーションを行います。 それまでは、ホストゼミの指導教授および参加ゼミの大学院生が参加し、学生相互間で論文の内容を討論する大会でしたが、2003年度から日本マーケティング協会のマーケティング・セミナー受講生の社会人の方々が、コメンテータとして参加するようになり、2009年度からは、論文およびプレゼンテーションに対して、そうした会人の方々が、大学院生の方々とともに採点が行われるようになり、トーナメント方式で優勝を競う方式に変更されました。 今年、討論会という名前が実情にそぐわないということで、「関東十ゼミ討論会」 から 「関東学生マーケティング大会」 へと名称が変更されました。


小野ゼミにとっての位置付け

 小野ゼミでは、下記の3つの目的のために、2001年度(第1期)以来、ゼミ休止期間を除いてずっと、関東学生マーケティング大会 (旧:関東十ゼミ討論会) に参加しています。 また、立候補によりホストゼミを務めたこともあります。
3年次秋学期の共同研究プロジェクトの1つとして位置づけ、3年次春学期の学習成果の集大成たる論文を執筆する。
口頭研究発表の場として位置づけ、プレゼンテーション能力の向上を図る。
対外的な交流の場として位置づけ、ゼミの知名度やゼミ生の社会性の向上を図る。

2015年度の小野ゼミの研究テーマ


企業の製品推奨を伴うカスタマイズ方式の有効性

  いかなるカスタマイズ方式が消費者の「満足度」を向上させるかを探究した学術研究は、最近になってようやく進められたものの、実務レベルに達していない。 そこで、本論は、最新の研究を踏まえつつ、2つのカスタマイズ方式を提唱する。 1つ目は、既に実務で用いられている方式であり、2つ目は、未だ実務でも用いられていない新しい方式である。 その上で、これら2つの方式を、最新の研究で提唱された方式と比較し、 最も有効な方式は何かを探究する。


研究経過報告


7月 

むかーしむかし、
三田キャンパスのグル学で、
6人の姫が仲良く暮らしていた。
彼女たちのもっぱらの悩みは、「白馬の王子様(理想の研究内容)は誰か」
世界中の王子様(研究内容)の写真(論文)と今日もにらめっこしていた。

みずき姫(フルマラソンも、論文代表もさらりとこなしちゃう、いわゆる出来男)
「はー、いつになったら白馬の王子様(理想の研究内容)に出会えるのかしら」

ごい姫(仕事が早く正確すぎて、継母でもケチがつけられない)
「そうね、どれもすてきな王子様(研究内容)だけれど、運命の人ではないわあ」

ゆーやん姫(多岐にわたる趣味が武器。 どんな人とも仲良しになっちゃう、本拠地は秋葉原)
「あ、この王子様(研究内容)なんてどうかしら?きだ姫、どう?」

きだ姫(
13期のパワポマスター、発想力具体力…向かうところ敵なし)
「彼ではないかな…ちょっと違う…」

ちー姫(今回の筆者)
「白馬の王子様(理想の研究内容)のこと考えてたら、日が暮れちゃった!お腹空いたね(ぐー

たいせい姫(頼りにならないのは、お昼ごはんのお店決めだけ)
「じゃ、『やっとこ』いこっか」

毎日悩める
6人の姫。
そこで、我らが小野先生が知恵を授けてくださった。
「その人(研究内容)を知るうちに、その人が白馬の王子様(理想の研究内容)だと気付くものなんじゃないかね」

彼女たちは、初めて気づいた。
「白馬の王子様(理想の研究内容)なんて待てない!」

みずき姫が叫んだ。
「『カスタマイゼーション』にとりあえず会ってみましょうよ!」

数日後…グル学ではこんな会話がされていた。
「彼を知れば知るほど好きになるわ、どうしよう」

「『カスタマイゼーション』こそ白馬の王子様なのかも!」

これが、日本語論文チームの幕開けである

<6人の姫と白馬の王子様の物語 完>
(平久)

8月

――1ヶ月の沈黙を経て、再び6人の姫の物語の幕が開く――

 しかし、季節は夏真っ盛りの
8月。
様々な誘惑が姫たちを襲う。
というのも実は、姫たちが住む、この”慶應義塾大学三田キャンパス城”は、絶好のロケーションに立地しているのだ。
城の南方には燦然ときらめく海、北方には高々と聳え立つ山々、そして西方には、特にたいせい姫が愛してやまない名店『やっとこ』が存在する。

 挙げ句の果てに、同盟国であったはずの隣国、”英語論文王国”の姫たちも、夏の間
3日間しか現れないと言われている、東方の”ビックサイト城"に住む、”魔王・コミケ”に謁見して以来、精神をきたしてしまった。
 
 城の周囲に存在する様々な誘惑、さらに隣国の危機。
 そんな状況に耐えきれなくなった姫たちは、せっかく見つけた白馬の王子にも、次第に興味を失っていく…。

 こんな調子で、果たして無事に王子を結びつくことはできるのであろうか?
井上

9月

 日本語論文の姫達は、9月中旬に別荘へ行くための準備に追われていました。
 なんとか準備を終え、姫の別荘で行われた合宿では、先輩たちから論文について多くのフィードバックをいただくことができました。 本当にありがとうございました。

 別荘でのバカンスを終えた姫たちは、お隣の早稲田国で開かれるダンスパーティー(関マケ中間発表)に行きました。
 いくつかのグループに分かれ、互いのダンスを評価し合いました。 自分たちがワルツを踊っているのに、他国の姫たちはマイムマイムを踊っていてちょっとした違和感・ズレを感じました。
 しかし、たとえ周りがマイムマイムを踊っていても私たちはワルツを踊って勝とう、私たち流のやり方を貫いて勝とうと決心するのでした。

 そして、夏休みが終わり、同時に僕たちの夢のような時間も終わりを告げました。
もう、僕たちはお姫様ではありません。 論文の締切りが
1カ月後に控えている学生なのです。

 
3ゼミ中間発表に向け、発表資料を何度も作り直す、パワポ班。 実験に向けて7000枚以上のスクリーンショットを撮り続けたスクショ班。 どちらの班も疲労の色が濃く出始めました。
 だが、論文執筆はまだまだ序の口です。 これから、日論チームはどうなるのでしょうか?
(福嶋)

10月

 10月は怒涛の1ヶ月であった。 合同中間発表という1つの目的地に着くまでに、どれだけかかっただろう。 はじめにを書きあげるのにどれだけかかっただろう。 時間というのはあっという間に過ぎていった。 シンデレラの舞踏会のように。

 合同中間発表を終えたのも束の間、我々には次の壁が立ちはだかった。 某ネズミの国のシンデレラ城くらい高い壁であった。 実験である。
9月にスクショを半分ノイローゼになりながらとり続けたのはこのためである。 余談だが、どうやらスニーカーのスクショを何千枚もとると、もはやスニーカーが嫌いになるらしい。 恐ろしいことだ。 きっとシンデレラも王子様と毎日会っていたら、きっと王子様が嫌いになるに違いない(適当)。 話は戻るが、我々の実験は非常に非効率なものであった。 シンデレラが舞踏会に行くまでの流れくらい非効率であった。 それもそのはず、スニーカーの色を変える度に次のスニーカーの画像を画面に出し続けなければならないからである。 実験を始めてからは、論文執筆をしつつ、実験をするという日々が続いた。 ここまでくると、スクショ班でなくても、スニーカーが嫌いになりそうである。 最終的には200を超えるサンプルを集めることができた。 我ながらよくもまぁ集められたものである。 あとは、論文を書くだけである。 しかし、そう上手くはいかなかった・・・。

 我々の最初の関マケの締切である
113日はもうすぐである。 果たして終わるのか!?という伏線だけ残して11月の進捗報告にバトンをつなごうと思う。 最後に、別に私はシンデレラが好きなわけではない。 以上。 (木田)



発表会当日のスケジュール



報告会日時: 20151128日(土)
9
時から1915分まで
報告会会場: 早稲田大学 早稲田キャンパス
印刷可能な大会概要ー→
(タイムスケジュールも
含まれております!)

発表会当日の模様


 私たち日本語論文チームはこの日、日論の最後の大舞台“関東学生マーケティング大会”に臨んだ。 かつては「10ゼミ」と呼ばれていた大会であるが今では、それ以上の規模(詳細は忘れた)に成長し、関東最大級の大会となっている。
 私たちは早朝の
7時半に会場の早稲田大学の門を叩いた。 が、しかし肝心の審査員に渡す資料の印刷を当日まで完全に忘れていた論代の矢野瑞喜君のせいで朝からバタバタしてしまい、ゆっくりと落ち着いてプレゼン準備を出来なかったメンバーもいたであろう。 叱ってください。
 そんなこんなで、駆け足でギリギリ印刷を終え、一次審査に臨んだ。
 一次審査で通過できるのは
5チーム中2チームである。 実は一次から半分以上のチームが落ちる(笑) 
 一次審査のプレゼンは、トラブルに次ぐトラブルの連続であった。 まず、プレゼン中に大学のチャイムがなり中断。 次にスクリーンに投影しているパソコンの電池が切れ中断。 運営側のトラブルに巻き込まれ、グダグダになりつつも長妻君が持ち前の機転を利かせ、ピンチをチャンスに変えてくれた。 一次審査は無事
1位通過したが、今となっては諸々のトラブルに巻き込まれダメかもと思っていた僕個人としては1次審査通過が一番うれしかった瞬間である(笑)
 次の二次審査で通過できるのは
4チーム中1チームである。 しかも対戦相手のうち2チームが同大学の清水ゼミ(笑) 僕らのゼミと合わせて4チーム中3チームが慶應のゼミという何とも悲しいカニバリゼーションが起きてしまった。 僕たちのプレゼンは2番目。 振り返るとこの二次審査では、日本語論文チーム史上一のプレゼン発表であったと思う。 慶應の他のゼミ、特にリア充している清水ゼミに負けたくないという意地からか、メンバー全員のアドレナリンが目に見えるくらいダラダラ出ていた(笑)
 二次審査では、渾身のプレゼンが出来たため、予想通りの決勝進出であった。
 そしてついに決勝。。。 三田キャンパスでいう南ホールのような大きな教室でプレゼンできる。 自分たちの論文を実務家
13人に堂々と披露できる。 ここまで来たら楽しもう。 そう決めて壇上へ上がった。 冒頭はちーちゃん、既存研究は木田ちゃん、仮説提唱はたいせい、分析結果はゆうやん、新規提案は僕、そしてまとめがごいけー。 一時はプレゼンの上手い4人だけで発表しようみたいな話が出ていたが、こうして6人全員で発表して本当に良かったと思う! 何よりプレゼンしていて楽しかった!!
 結果としては、総合得点が小数点以下まで完全に一致してしまい、
1位が2チーム出るという大波乱。 プレゼン点を重視するか、論文点を重視するか会議が行われ、プレゼン点を重視することに決まったため、結局2位(優秀賞)になってしまった。 正直悔しい。 が、しかしこの経験を糧に僕らの論文内容のように、ここで立ち止まるのではなく、「新たな挑戦の提唱」をしていきたいと思う。 最後になりますが、私たち日本語論文チームに協力してくださったすべての方々のお蔭で、こうして無事に論文を執筆でき、優秀賞を取ることができました。 誠にありがとうございました!(矢野)
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来ました!早稲田キャンパス!
校門はまだ空いてません(笑)
なんと24時間開いている、パソコン室
慶應にも欲しいですね
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1次審査、平久によるイントロ!
元気のよさが印象的でした
木田による既存研究!
これまでの研究をわかりやすく伝えてくれました
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長妻によるハイブリッド型の説明!
アクシデントをものともしない安定したプレゼンでした
井上による分析!
分析担当だったこともあって、
非常に落ち着いたプレゼンでした
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矢野による新規提案!
広末涼子をネタに会場の笑いを誘っていました
終わりは福嶋!
時間内に終わるよう、タイムマネジメントしていました
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無事、1次審査は通過!
2次からは、実務家の鋭い質問が
たくさん飛んできました
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2次審査を突破したところで
来てくださった先輩方と撮影しました!
最終審査は、これまでと違い
来場者全員の前でプレゼンです!
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さて、気になる結果は?
おしくも、優秀賞(2位)でした…
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関マケ(旧:10ゼミ)の先輩方や大学院生の石井さん、廖さん、
応援ヤ審査を手伝ってくださり、誠にありがとうございました。
先生をはじめ、大学院生や
12期の方々、同期のみんなには本当に助けていただきました。
本当にありがとうございました。関マケチームもこれにてひと段落です。
お疲れ様でした!

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研究を
終えて

佐野諒平
 僕たちは結果として優秀賞(準優勝)を頂くことができた。 これは誇らしいものであるのかもしれない。 しかし非常に悔しい。 悔しくて、悔しくてたまらない。 多分大学に入ってから一番悔しい。 未だに優秀賞という成績を受け入れられないでいるが、これから少しずつ時間が解決してくれるであろう。 なので、時間によって風化される前に、関マケが終わった翌日の今日のうちに僕の論文活動、関マケについての思いの丈をつらつらと書きたいと思う。
 僕は、来年論代に興味を持ってくれている
14期の人がいたら、論代を勧めるか正直迷う。 それくらい僕にとっては論代という役職は重く辛かった。 嫌になったり、論代を辞めたいと思ったりしたことは一度や二度ではない。 でも何故そんな面倒な役職を勧めるか“迷う”のかというと、それと同じくらい楽しかったからなのかもしれない。 別にみんなでじゃれていて楽しかったとかではなく、よく分かんないけど多分全員で、“論文完成”という目標に向かって一丸となって走っていたから楽しかったんだと思う。 そんな楽しみを一番享受できるのも論代なのかもしれない。 僕たち日本語論文チームは仲がすごく良いわけではない。 論文の話し合いが終わったらすぐにみんなせっせと帰宅、僕が次に集まる時間を決めてもスパンが短いほど苦情が出る(笑)でも僕はそんな日本語論文チームのメンバーが大好きだ。 12期の先輩梶田さんがゼミ試に合格した後に言っていた「小野ゼミは一生の仲間?友達?が出来る(すみません細かい所忘れました笑)」という意味が今でははっきりと分かる。 時にはメンバー同士ぎくしゃくして雰囲気が悪くなったりもしたけれど、君たちが僕のメンバーでよかった! 今は本気でそう思う。これからも一生よろしくね!
 ここで、半年以上をともに過ごしてくれた大好きなメンバーへ簡単ではあるが感謝の言葉を残したい。(
50音順)
ゆうやんへ
 ゆうやんには日論の雰囲気が悪くならないように一番気を遣わせちゃったね。 ゆうやんがいてくれたから、日論メンバーはこうして全員で最後までやってこれたし、良い終わり方が出来たと思う! それにゆうやんには面倒な作業を一番押し付けてしまってたね。 分析とか三田祭パネルとかメンバー誰もやりたがらない仕事は申し訳ないと思いつつも、ゆうやんにいつもお願いしてた気がする。 自分は
SAS全然回してないのに、SEMもうちょい頑張ろう頑張ろうって何度も言ってごめんよー(笑)ゆうやんの知り合いの女の子ちゃんと紹介してね!
木田ちゃん
 割と
1人行動が好き?な木田ちゃん。 木田ちゃんの印象的なのは前期のテーマ決めかな! 英語の論文を読むのみんな嫌いだから、テーマを絞っても調べているうちに飽きてきてぺちゃくちゃ…なんてことも多い中で、黙々と調べて情報をバンバン提供してくれたのは木田ちゃんだったね! 結局あれらの論文は核論文にならなかったけど(笑)めちゃくちゃ助かったよ! それと木田ちゃんには戻ってきて早々スニーカーのスクショを割り振り以上やってもらったり、論文も一番大変な箇所をお願いしちゃったね。「具体の木田」「パワポの木田」とか色々な異名を持つ木田ちゃんには他にもパワポのスライドのアイディアもらったり、ホントに日論は君が戻ってきてくれてからギアが入ったよ! 多分木田ちゃんが戻ってきてくれてなかったら日論は確実に間に合わなかった!ありがとう!
ちーちゃん
 ちーちゃんには最初に色々謝りたいな。 日論はちーちゃん以外全員男子(うち
4名男子校)で俺が未だに気づいてないことでも色々思うものはあったと思う。 それに内定直結のインターンを誰にも言わずに断って佳境を迎えてた日論に専念してくれたり、論代として未熟なせいで沢山迷惑かけてしまったね、ごめんね。 プレゼンで原稿忘れるとフリーズするちーちゃん(笑)だけど、慶述王、関マケの発表は堂々としてて、めっちゃかっこよかったよ! そして日論を関マケ決勝まで導いた「アイシャドウカスタマイズ」! ちーちゃんがいなかったら1億パー出なかったアイディア! 発表してて楽しかった!(笑)ありがとう
たいせいへ
 たいせいには一番助けられたと思う。 一番感謝してる! 話し合いの時も率先して発言してくれたり、質疑応答も的確に回答してくれたね。 たいせいがいなかったら俺一人で日論を動かしていくことは絶対出来なかったし、俺のモチベ低い時とか、たいせいに甘えさせてもらってたところもあったね(笑) 女の子とデート入れてる日は、持ち前のディベート力で気づかれないように早めに切り上げるたいせいだけど(笑)、先輩とか先生に論文でコテンパンにされて俺含め日論全員が落ち込んでる時にモチベートしてくれるのがたいせいの一番すごいところ。 それに恵比寿行くときは、基本たいせいがいてくれた気がする。 終電恵比寿からの始発恵比寿の日はマジ忘れない(笑) これからも頼りにしてるぜ! とりあえずフットサル企画して!(笑)
ごいけー
 割り振られた仕事を絶対にこなすごいけー、実はゼミ入ってからごいけーと初めて同じチームになったのはマケ大の時。 (笑)あんときは正直、仕事ほっぽりだす印象だったけど、真逆なんだよねー! 一番与えられた仕事をきちんと期限までにこなしてきてくれる! 結構ルーズな論代だったからごいけーの良さをきちんと生かすことが出来なかったかもしれないし、ごいけーからすると不満なことも多かったかもしれないね。。。 関マケの最終審査の最後の発表で、「時間巻きめで」って言われたのに、ぺちゃくちゃ付け足して喋ってヒヤヒヤさせてごめんね(笑)最後のタイムマネージメント完璧だったぜ! 助かりました
m(__)m
 最後に小野先生へ伝えたいことがあります。 実は僕が論文代表になった経緯は、メンバーの中で論文代表を兼務できそうなのが僕だったから、という理由です。 でも論文代表として論文活動に携わることで、マーケティングの知識とかよりもっと大きな何かを得ることが出来たと思います。 そしてそれは、具体的に言葉で表現しづらいのですが、きっと僕が
2年生の時に3年のゼミ活動を通して得たいと感じていたものだと思います。 僕に小野ゼミという最高の環境で、最高のご指導をしてくださり、本当にありがとうございました。 これからも不束者の私ではございますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!

佐野諒平
 ついに関マケが終わった。 最優秀賞という最高の結果はとれなかったものの、優秀賞という目に見える成果が得られたことはとてもうれしい。 論文執筆からマケ論の発表までに関することはマケ論を終えてで述べたので、まだ見ていない方はそちらを見ていただきたい。
 関マケで発表するにあたって、論文で得られた示唆を「新規提案」と具体的な形にする必要があったが、それは平久氏が一瞬で解決してくれた。 「アイシャドーはどうかな?」と提案してくれたときの平久氏には後光が射しているかのように見えた。
 当日の話は、おそらく他のメンバーが言及してくれていると思うので割愛し、最後にメンバーそれぞれに対して感謝の一言を述べたい。
みずき
 文句のつけようがない最高の論文代表であった。 積極的に話し合いを進め、自分が辛いであろうときにも周りを気遣う姿を見て、これは見習わねばと常々思っていた。 女性の好みは合わないが、みずきが代表のチームで論文を書けてよかったと思う。
たいせー
 第
2の論文代表だったのではないかと思うくらい、日論チームを引っ張ってくれていたと思う。 チームの雰囲気が悪いときにも、積極的に流れを変えようとしたり、自分から大変な仕事を引き受けてくれたりと、日論チームをよい方向へ引っ張ってくれた。 もともとグループワークをやる機会が多かったので、たいせーが頼りになるとは思っていたが、私が考えていたより、ずっとすごい漢だった。
井上
 論文チームとして活動するまでは、グループワークをやる機会が少なく、接点があまりなかった。 しかし、一緒に活動していくうちに、趣味が結構合うし、周りを思いやることができるとてもいいやつだということを知ることができた。資料を作る能力も高く、三田祭パネルは井上なくして完成させることは困難だったであろう。 井上のおかげで
μ’sも紅白に出場できたのではないだろうか。
木田ちゃん
 夏休み明けに彼が戻ってきてから、ようやく日論チームがうまく回り始めた気がする。 木田ちゃんの資料を作る能力や発想力には何度も助けられた。 同じ役職として、これからも一緒にがんばっていきたい。
ちーちゃん
 論文のゆらぎや誤字などの細かいミスを見つける能力がとても高かったという印象が強い。 他にも日論チームの紅一点として、男性陣にはない視点からの意見がとてもありがたかった。 特に関マケでの新規提案はちーちゃん無くしては完成することはなかっただろう。
12期の先輩方、大学院生の先輩方
 ありがとうございました。 サブゼミと本ゼミでのフィードバックに加えて、忙しい中、論文や資料の添削をしてくださったことは感謝してもしきれません。 今回先輩方にお世話になった分、来年の後輩達に還元したいと思いました。
小野先生
 先生には最初の論文テーマ決めから、最後のプレゼンのフィードバックまで、大変お世話になりました。 論文を完成させ、関マケで優秀賞を勝ち取ることができたのも、先生のご指導のおかげです。 小野先生が指導教授で幸せだと強く感じながら日々を過ごしています。 今後ともよろしくお願いいたします。


佐野諒平
 約半年前に結成された日本語論文チーム。 「英語の論文は書きたくない」という消極的な理由から集まったメンバーであった。 まず、最初の山場となったのが、論文の「テーマ決め」。 ストーリーCM、制御焦点理論などと変遷を遂げ、結局は小野先生がご助力もあり、「カスタマイゼーション」が私たちの論文テーマとなった。
 論文テーマが決まった後は、それほど苦戦を強いられることもなく、仮設設定・実験策定とスムーズに活動は進んでいった。 まあ、その裏で夏休み中も毎日のように
1016時で集まったり(遅刻が多くてすみませんでした汗m(_ _)m) とそれなりの努力はしていた訳だが。 しかし、論文活動も佳境を迎え、いよいよ執筆となると、話は違ってきた。 広尾のセブンイレブンのイートインで、累計で3度(メンバーでの記録保持者は長妻か瑞喜かな? 本当にお疲れ様)の朝を迎えたり、秋も深まった11月の寒空の中、恵比寿の先生のご自宅を2,3往復したり、と自分たちの未熟さのせいで骨を折った。
 でも、マケ論で素晴らしい発表ができたのも、関マケで準優勝(同率
1位)を収めることができたのも、あの執筆活動の時期があったからこそ、「あの時頑張ったんだから、下手な発表はできないな」という自負があったからだと思う。
 今、こうして完成した論文を見返してみてみると、メンバーとの様々な思い出が起こされてくると同時に、本当にいろいろな人に支えられて完成した論文だったな、とも感じる。 小野先生を始め、大学院生の方々、諸先輩方に改めて御礼申し上げたい。

最後に。
このメンバーで論文を完成させることができて、幸せです。 本当にありがとう。


佐野諒平
 6月に発足した論文チーム、正直に言ってしまうと、私は論文が始まって間もなく1ヶ月ほど論文活動から抜けてしまっていました。 夏休みの間、チームの5人が何度も集まっては話し合いを続けてくれ、必ず毎日ラインでその日の報告をしてくれました。 その報告は、とても嬉しかったし、論文チームの頑張りを知れてとても良いものでしたが、その報告を読むたびに何もできていなかった僕の心が痛んだのをよく覚えています。 関マケが終わった後の飲み会で、代表に「ゼミ止めちゃうかと思ってた。」といわれて、やっぱりそう見えてたのかなって思いもしました。 でも、9月に論文チームに無事復帰できたのは、きっと論文チームのみんなが暖かく再び受け入れてくれたからに違いないと言い切れる自信は今でもあります。 本当に感謝の気持ちしかありません。 今更直接言うのも気恥ずかしいので、ここで言わせてください。 「本当にありがとう。」
 さて、論文活動に関しては、マケ論の方で書くとして、ここでは関マケ当日までの一週間について書こうと思います。 マケ論が終わり、一息つく間もなく、一週間後の関マケに向けて新規提案をメインに発表資料を作っていました。 しかし、ゼミの同期内では、三田祭の疲れからか、僕を含め何人も体調不良で倒れるという始末に。 それでも、生き残っているメンバーでなんとか作りあげた発表用資料、これを持って関マケに私たちは挑みました。 木曜の夜に金曜の本ゼミでの発表のために、たくさん練習しました。
 しかし、金曜の本ゼミで突然、フワッと原稿がぶっ飛びました。 そう、すべて。 あれが、本番じゃなくて本当に良かったとヒヤヒヤしました。
 そして迎えた当日の朝。 みんなやる気に満ちており、とてもたくましく見えました。 そんな私たちのやる気や気持ちが伝わったのか、決勝の
4組まで残ることができました。 チームのみんながこれをどう本当はどう思ったのか聞いてみたいところですが、こんな体験これまでの人生でしたことがなくて、緊張を通り越して、謎の興奮状態に。
 結果は、みんなが書いているように、優秀賞でした。 みんな物凄く悔しそうでした。 でも、僕はそんな優秀賞に対して、物凄く悔しいとは思えなかったのです。 これって、自分の論文への思い入れがみんなより少ないからなのかな・・・。 って、かなり悩みました。 代表が悔しさのやり場を失っている姿を見て、とても複雑な気持ちになったのを今でも鮮明に思っています。
 最優秀賞へ手が届かなかったことは、もちろん悔やまれますが、僕は優秀賞という賞に誇りを持っています。 小野先生、先輩方、同期、そして特にチームのみんなに心から感謝しております。 ありがとうございました。


佐野諒平
 論文活動は、何をもって成功だったと言うことができるのだろうか?
 「良い仮説を立てることができたら?」「締切期限よりも余裕を持って提出できたら?」「うまく発表できたら?」「論文を褒められたら?」
 もちろん、これら
11つを成功と呼ぶことができるだろう。
 しかし、僕はグループ執筆である三田祭論文活動において、最も重要なことは、最初から最後までメンバー全員で活動をやりきることだと思う。

 そういった意味で、日本語論文チームは、最高のチームであった。
7月からの5ヶ月間、6人全員で活動をやりきることができたからである。

 マケ論のおわりにで、論文活動は振り返ったので、メンバー全員に対面では恥ずかしく、気持ち悪くて絶対に言いたくもない、メッセージを送りたいと思う。

・究極の
B専みずき
 正直、みずきがいなかったら、そして代表でなかったら、ここまで論文活動を楽しいものに、そして充実したものには絶対にできなかったと思う。 日本語論文チームで一番忙しかったのはみずきだし、一番責任というプレッシャーを抱えながら活動をしていたのもみずきだと思う(そのプレッシャーで、髪の毛まで・・・)。 オレは、結構リーダーシップとりたがりだから、活動の初めの方は、みずきとどう共存したらよいのかみたいなのを考えていた。 多分みずきも少しからず思っていたことだろう。
710日の本ゼミの前日、小野先生と2300近くまで電話をし、徹夜で論文を読むとなったときに、オレは正直きつかった。 だけど、みずきは論文代表の責任もあってか、一切マイナスな発言をすることなく、頑張ろうとメンバーに声を掛けていた。 このときに、オレは、みずきを完全にサポートしようと思った。 この出来事からは、自分の中にあった、みずきとどう共存したらよいかといった悩みが解消された。 それ以降は、みずきのおかげもあって、論文活動もとてもスムーズに進んだ。 そして、関マケで準優勝という残念な結果の後、みずきは悔しさから号泣していた。 そのとき、みずきの論文に対する熱意を再確認できたし、相当のプレッシャーから解放されたのかなとも思った。 本当に5ヶ月間おつかれさま。まじでハゲしくありがとうな。

・ラブライバーゆうやん
 ゆうやんとは、日本語論文チーム以外にも入ゼミチームで一緒だった。 入ゼミで、資料作成など、死ぬほど迷惑を掛けているから、論文チームでは少しでも楽をさせようと頑張ろうとしていた。 けど、全くと言っていいほど、ゆうやんに論文でも仕事を増やしてしまい、そこは申し訳なかったなって思っている。 あとは、夏休みゆうやんが体調を崩す前に、なにも気付かなくてごめん。 それでライブライバーの映画を
10回以上見ることにさせて、本当にごめん。 ゆうやんは、話し合いでも相手を傷つけることのないように丁寧に説明していて、このゆうやんの心遣いは、日本語論文チームがスムーズに活動ができた大きな要因だと思う。 ゆうやんは、日本語論文チームの分析を最後の方は、ほとんど1人で担当していて、すごく助かった。 5ヶ月間おつかれさま。 ありがとうと、入ゼミもよろしくな。

・具体の木田
 木田ちゃんは、ハイスペック人間だから、話し合いの案出しもわかりやすいし、パワポも綺麗でめちゃくちゃ助けられた。 夏休みに抜けて、論文活動に戻ってくるのには、色んな葛藤があったと思う 。それなのに、戻ってきてくれてありがとう。正直、夏休み後に木田ちゃんが帰ってこなかったら、論文活動はヤバイ状況になっていたと思う。 木田ちゃんが戻ってきてからは、論文の執筆だったり、スライドのデザインだったりで、ものすごく仕事量が多かったと思うけど、なに一つ文句を言わず、しかも高いクオリティーを維持していて、本当に助かったよ。
5ヶ月間おつかれさま。 みんなのサポートをありがとうね。

・紅一点のちーちゃん
 ちーちゃんは、女子
1人で色々と大変だったと思う(大変な原因は8割くらいオレかもだから、まじごめん)。 そんな中、みんなのモチベーションを上げるために、マイナスな発言は一切せず、プラスな発言ばっかりをしていて、すごいなと思った。 話し合いのときには、わからないところを正直に、丁寧に言ってくれるから、意外とみんながわかっていなかったりするところが浮き彫りなることが多かったと思う。 あと、710日の前日には、メンバー1人ひとりに気になることをちゃんと言ってくれたから、それ以降の話し合いをしっかりできるようになったと思う。 本当に助けられた。 5ヶ月間おつかれさま。女子1人でありがとう。

・けいごりあん
 けいごは、論文活動が進むにつれ、チームでの役割が大きくなってきたし、ものすごい頼りにされることが多かったと思う。 けいごは、情報探索能力に優れているから、結局無駄にはなってしまったけど、テーマ決めの論文検索のときはすごく助けられた。 これは個人的なことだけど、オレはめんどくさかったりすることが苦手だから、けいごにお願いをしてやってもらったり、手伝ってもらったりした。 本当に申し訳なかった。 あと、けいごは意外とみんなを盛り上げたりして、それはチーム全体が和むことができたと思う(そのときの睡眠時間に左右はされるが)。
5ヶ月間おつかれさま。 今度筋トレしよう。 ありがとうな。

 最後に、論文活動ができたのは、同期や先輩、大学院生、そして、小野先生のサポートがあったからである。本当にありがとうございました。
 この経験を今後の小野ゼミの活動だけでなく、社会に出てからも活かしていきたい。


佐野諒平
 実務に「追い付け、追い越せ!」
 これが、私たちのカスタマイゼーション研究の目標だった。
 しかし、私が半年間、本当に「追い付き、追い越し」たかったのは、日論チームメンバー
5人である。 まずは、5人みんなにお礼と感謝を述べたい。

みずき:端的に言うと、スペックおばけ。 いやいや、おばけじゃない(笑)
なんでもさらりとこなしてしまう出来男。 誰からも愛される、私たちの論文代表!
みずきは日論チームメンバーを常に考えてくれてた。論文に対する想いも一番熱かった。
こんなすてきな論文代表って、いないよ。
半年間、本当に本当にありがとう。

たいせい:頼りにならないことなんてなかった。 そう、お昼のお店決め以外は。
たいせいのせいで、日論チームが一時期嫌いになった! (調子良すぎて、調子乗るから(怒)!) でも、たいせいのおかげで日論チームでよかったと思えた! それくらい、影響力ある。 日論チームのモチベーションや楽しい雰囲気を引き出してくれたのはたいせい。
半年間、本当にありがとう。

ゆーやん:
Mr.ストイック。 自分に厳しくみんなに優しい。 日論のクオリティは、ゆーやんなしでは出せなかった。 分析然り、パネル然り…そのすごさは、書ききれない。
でもね、ゆーやんが集合時刻にいなくても普通になっちゃったよ、こら(笑)
半年間、本当にありがとう。

ごいちゃん:見習いたい、その計画性と向上心。 各自割り振られたタスクに、一番計画的かつ細かく取り組んでくれていたのは、ごいちゃん。 計画性がありすぎて、日論のスケジューリングに関する鋭い指摘は、たまに恐かったくらい(笑) そして、プレゼンは常に完璧だった。 人一倍練習していて、私も頑張ろうっていつも思えた。
半年間、本当にありがとう。

きだちゃん:アイディアの泉。 難しいことをわかりやすく伝える名人。 きだちゃんが
9月戻ってきてくれて、日論は1.5倍活気づいた! 細かい日本語とか、パワポとか、きだちゃんの最終チェックは誰よりも、安心感があった。 私個人としては、きだちゃんとの何気ない会話に、いつも爆笑してた気がする(笑)
半年間、本当にありがとう。

 私は、日論チームメンバー
5人がだいすきでした!そして、私たちを常に熱い情熱と優しさで、時には厳しく、ご指導してくださった小野先生をはじめ、大学院生の方々、12期の先輩方、感謝してもしきれません。 ありがとうございました。
 本当は、関マケで最優秀賞を取って恩返しがしたかったです。 しかし、いただいたのは、
2位である優秀賞。 優秀賞が小野ゼミだと発表されたとき、涙をこらえるのに必死でした。 と同時に、小野ゼミに入って、論文活動ができて、よかったという気持ちも溢れていました。
 最後になりましたが、日論チームのみんな、日論に関わって頂いた方々、全てに御礼申し上げます。 本当に本当にありがとうございました! これからも、ご指導よろしくお願
いいたします!


13期 日本語論文プロジェクト・メンバー:
矢野 瑞喜 (代表)
福嶋 啓悟
井上 雄哉
木田 有亮
長妻 泰成
平久 千紘

2019226

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