題字 「電通学生論文」
2009年度

DOES NEGATIVE E-WOM AFFECT CONSUMER
ATTITUDE NEGATIVELY OR POSITIVELY?

・ 英論とは
・ 小野ゼミにとっての英論
・ 2009年度の研究テーマ
・ 活動経過報告
・ 研究
をおえて
・ 国際eビジネス学会優秀賞受賞!

2009年度慶応商学部英語論文執筆プロジェクト研究論文
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研究をおえて

日浦一樹
「英論は自分にとって家族です」

この言葉は、自分が第2回入ゼミ個別説明会で2年生に向けて話した言葉だ。
なぜ「家族」などという言葉が自分の中から湧き上がってきたのだろうか。

英論は今年からスタートした新規プロジェクトだ。 勿論先輩はいない。 自分たちが初代だ。 そしてその責任ある初代英論代表に自分は就かせて頂いた。
言うまでもないが、自分は帰国子女でも英語が得意な訳でも決してない。 そのような自分がなぜ英語で論文を執筆するなどという快挙を成し遂げることができたのだろうか。
簡単なことである。 仲間の存在があったからである。

本当に個性の強いチームだった。 6人が6通りの意見を持っていて、互いに一歩も譲らず主張し合っているようなチームだった。 そのためグル学で何度も口論にもなった。夏合宿と称してグアムも行った。 三田祭前の追い込みで、マックでオールもした。振り返れば次々と思い出が蘇ってくる。 本当に濃い時間を過ごしたのだと実感している。

氏田
とにかく持ち前のバイタリティで英論を引っ張っていってくれた。 氏田の分析力、文章力がなければ英論はいつまでたっても完成しなかっただろう。 合宿で家を開放してくれたり、急に難しい作業を振っても「ちょっと待ってな、すぐにやったるわ!」 と快く引き受けてくれる氏田の器の大きさに何度も助けられた。 本当にありがとう。

きっしー
きっしーの検索能力には幾度となく助けられた。 英論が波に乗るきっかけとなった論文も合宿できっしーがあっさり見つけてきてくれたものである。 きっしーは論理的に物事を考えてくれるので、感情が先行しがちな英論メンバーをいつも後ろから支えてくれた。本当にありがとう。

菊盛
 何に対してもいつも全力投球な菊盛は英論のムードメーカーだった。 英論がミーティングの場でギスギスした空気にならなかったのは菊盛が色々気を遣ってくれたからであろう。いつも英論メンバーのことを考えてくれて本当にありがとう。

ざべ
 データ集計やフォント修正などの作業を進んでやってくれたざべは本当に心強かった。俺らが積み上げた理論の穴を見つけ、迷うことなく指摘してくれた。 おかしいことはおかしいと言えるざべがいたからこれだけ質の高い論文が書けたのだと思う。 本当にありがとう。今度ファミマ行くよ!

まっつん
 まっつんのスペックの高さには本当に助けられた。 英語の既存文献を誰よりもレビューしてくれたり、質の高いパワポを作ってくれた。 そして忘れてはならないのがクチコミサイトである。 まっつんがいなかった英論は進まなかったよ。 本当にありがとう。

7期のみんな
 何度も調査表に協力してくれてありがとう。グル学で同じように論文に取り組むみな姿が自分の支えでした。

6期の先輩方、森岡さん、池谷さん
 困った時にアドバイスを求めると、忙しいにも関わらず親身になって悩んでくれて本当に嬉しかったです。 先輩方の存在は論文執筆の上でなにより心強いものでした。 本当にありがとうございました。
 
千葉さん
 何度合宿を共にしただろうか。千葉さんなしには英論は完成しませんでした。 先の見えない迷路に迷い込んだ我々に明るい道筋を照らして下さった千葉さんには本当に感謝しています。 自身の課題そっちのけで英論の指導にあたってくれる千葉さんの姿は小野ゼミが代々継承してきた素晴らしい伝統だと思います。 自分も微力ながら後輩にその伝統を伝えていきたいと思います。

そしてなにより小野先生
 初めての論文執筆、しかも英語で執筆することに挑戦する我々を温かく、時に厳しく指導して下さり本当にありがとうございました。 特に、先生には共著者に加わって頂くなど、例年の論文執筆では考えられない程ご迷惑をおかけしましたが、無事に完成することができたのも先生のご指導のおかげだと切に感じております。 学会発表が決定した際に先生から頂いた「よかったね!」 というメールは一生忘れることはありません。


こんなにぶつかったこともなかった。
こんなに笑ったこともなかった。
こんなに悩んだこともなかった。
こんなに大切な気持ちになることもなかった。

今ならはっきりと言える。
「英論は俺の家族です。」


菊盛真衣
 英論―思い起こせばそれは最初から最後まで嵐のような日々だった。
春合宿で英論をやるということが決まったときは、三田論の大変さをよく知る先輩たちの反対の声が聞こえた。
「日本語だって十分大変なのに英語で論文なんか、絶対無理。」
この言葉で私の負けず嫌いな心に火がついた記憶がある。 そんなのやってみなきゃわからない、と。 どんな時でも、新しいことに挑戦するとき、カッコよく言えば革新を起こすとき、そこには大きな壁が立ちはだかっているものだ。 とは言いつつ、英語で論文を書くことがそんなに大変なことだという実感はあまりなかった。 というのも、横を見れば、7期の中でも1,2を競う個性派・秀才ばかり (と信じていた) が集まり、それはそれは心強かったからだと記憶している。
 そうして英論の日々は始まった。 英論の中で私はいつもきちんと自分の役割を果たせているかどうか不安を感じていた。 基本的にはムードメーカー的役割だったと思うが、論文執筆に何らかの貢献ができていたのかは今でもよくわからない。 そうよくわからないうちに、英論は進んでいたのである。 一生懸命に学校に行く、夜遅くまで粘る、でも家に帰ると、あれ、今日私何したっけ?みんなとお昼食べて、夜食べて、今日もよく 喋ったな。 こういった具合なのである。 こういう風に書くと、まるで無力で無能な人間だったと思われるかもしれないので悲しいのだが、それぐらい論文に苦しんだ記憶がないのである。 毎日みんなと過ごす時間を精一杯楽しみながら、わいわいやりながら英論は出来上がっていった。
 これでは英論が薄っぺらい論文だと思われてしまうかもしれず、代表の日浦も浮かばれないので、英論が奮闘したと思われる一面にも触れたい。 英論はおそらく他の論文チームに比べて (マケ論とはいい勝負かもしれないが)、合宿の数がかなり多かったと思う。
 合宿での集中力、進行度は抜群で、合宿によって英論の新たな局面が多々切り開かれていった。 夏休みは松本邸 (彼女の家は私が今まで見た中で最高Aランクである) で1泊3食付きの豪華な合宿をした。 松本家にとってはただの迷惑だったと思うが、あの日の明け方の奮闘は忘れない。 氏田んち (秋冬の底冷えっぷりは半端ではない) には論文の中間発表前には必ず泊まり込み、合宿前合宿も行った。 追い込まれた時に行く氏田んちは正直精神的にも、居心地的にもかなりきつかった。 でも目標のところまで間に合わないことは一度もなかった。 三田祭前には目黒のマクドナルドでどっぷり夜を過ごした。 あんなに寒いマックは生まれて初めてだったし、社会の縮図を垣間見たマックもあれが初めてだったと思う。 それにしても目黒の朝は本当に寒かった。
 プライベートも何も全て投げ出すくらい三田では学ぶことに没頭したい。 これが私の小野ゼミの志望理由だった。 入ゼミ試験の先生面接でもそう言い切った。 でも本当は没頭する何かを見つけたかったからだけではないと最近になって思う。 本当は、一緒に何かに没頭できる仲間、その仲間と共に過ごす濃密な時間が欲しかったのだ。 大学2年間日吉では味わえなかったものを、英論で私は掴むことができた。 そうした環境を得られたことだけでも、私は幸せだった。 これに関して、英論に関わった人達に感謝の意を述べていきたい。

小野晃典先生
 何よりも先にお礼を言わせていただきたいです。 先生が小野ゼミという場所を作り、私を小野ゼミに迎え入れて下さっていなければ、私は今ほどの充実感をこの学生生活で得られなかったと思います。 英論という先行きの全く見えない新しい挑戦を受け入れ、また私達の背中を押して下さったからこそ、今の自分達がいます。 本当にありがとうございました。 そしていつ何時でも決して手を抜かず、熱心に指導していただけたこと、ひとえに先生が貴重なお時間を割いて下さったおかげだと思います。 至らない点ばかりの英論メンバーでしたが、先生が最後まで見捨てずにいて下さったことが私達の心の救いでした。 先生には感謝しても感謝しきれません。本当にありがとうございました。

千葉さん
 
千葉さんとは7期の誰よりも一緒に徹夜をしていますが、英論では一度も徹夜しませんでしたね。 かなり心残りです。 でも千葉さんなくして英論の完成はありえませんでした。 英訳の段階では本当にお世話になりました。 汚い、というか、意味不明な英語をスマートな英語に変換してくれた、いわば英論を 「形」 にしてくれたのは、千葉さんです。 恐ろしくきつくて、地道な作業だったと思います。 本当にありがとうございました。 これからもご指導よろしくお願いします。

森岡さん、池谷さん
 
英論のことを無理だと言わずに応援して下さり、本当にありがとうございました。 論文執筆の途中、様々な局面で助けていただきました。 お二人のサポートのおかげでここまでくることができました。 どうもありがとうございました。

6期の先輩方
 
論文だけでなく、ゼミ生活全般にわたってお世話になりました。 また面倒な調査にもお付き合い下さり、本当にありがとうございました。 先輩達が優れた研究を行っていたからこそ、それを目指してここまで来れたのだと思います。

 英論メンバーに一言ずつ。

日浦
 
本当にお疲れ様。こんなに個性の強いメンバーを最後までまとめ上げられたのは、ザノーマルな日浦だったからだと思う。 ザノーマルはもはや最上級の褒め言葉だと思って下さい。 マジにありがとう。

みぽりん
 入学式から友達で、同じクラスで、まさか一緒に小野ゼミに入るなんて思ってなくて、そしてまさか同じ論文なんて夢にも思わなかった! ありがとうとか言うと痒くなるから辞めとくわ(笑) お疲れっした!

まっつん
 オタクにして英論のブレイン。 仕事早い。あなたの賢さは英論で抜きんでていました。 クチコミサイトとかまっつんいなかったら作れなかったよ。 出来杉くんというよりすご杉さんだね。

きっしー
 きっしーの英論に対するモチベには、私のモチベでも叶わないなって思う時あったよ。むしろ落ちてるときにはすごい支えられた。 ありがとう! グアムの海で変な芋虫投げられた時は嫌いになりそうでした(笑)

うじた
 うじたの暑苦しさも今ではいい思い出です。 おしゃれなおうちを何度も開放してくれてありがとう。 夜にはめっぽう弱いけど、冴えてるときの凄まじさはマネしたくてもマネできません。 いやあれはうじたにしかできない。 ありがとう。

 最後に英論メンバー含め7期に一言。 私が骨折した時の帰り道、松葉杖で歩くのが遅すぎる自分を置いていかずに、いつも歩くペースを合わせてくれてありがとう。 いつも申し訳ないなぁと思っていたので、この場を借りてお礼を言わせてもらいます。 実は足の骨折ってた時は本当に不自由で、毎日学校来るのも一苦労でした。 骨折デイズは肉体的にも精神的にもすごく辛かったけど、それでも毎日学校に行こうと思えたのは、皆が学校にいたからだと思います。 骨折デイズを今では笑って思い出せるのも皆の支えのおかげです。 本当にありがとう。


岸本啓太朗
 さて、何を語るべきだろうか。 そもそも自分の人生の中で、「英論」 とは何だったのだろうか。 考えてみることにする。
 英論が6月に立ち上がり、論文が完成し、投稿したのが12月。 途中まで、一番早く進んでいたはずのチームが、最終的には最後に終わるという結果にもなった。 夏休みもほとんどなかった。 三田が使えない時期は、日吉に集まっていたくらいだ。 そして英論が始まってからは、基本的に、毎日75分をかけ、家とメディアの往復。 9月の半ばくらいから12月までは本当に1日も休みがなかったことも印象に残っている。 大学生になってから、季節が夏から秋へ、そして冬へ変わっていく様子を、大学内で感じ続けていたのは、自分たちくらいだろう。

 しかし、これらの日々が辛いものであったかと問われれば、それは違う気もする。 松本家で夜中から開始した合宿は、翌朝になっても終わらず、翌日の夜まで続いたこともあった。 しかし、このときは松本母から3食おいしいご飯を頂き、みんなで喧々諤々の議論をし、そして一本の論文が見つかって一気にブレイクスルーした記念すべき日になった。 夏休みも英論feat.インゼミさやかでグアムにも行って、遊び倒した。 家とメディアの往復の日々の中でも、みんなでご飯を食べに行ったり (その度に氏田が 「慶陳楼に行こうや?」 と言っていたのも懐かしい)、夕飯を食べに行ったり、飲みに行ったり、氏田がいろいろあったりして、毎日が違った。 三田祭前に、みんなで目黒のマックで徹夜したのも今となっては笑い話だ。 そう、今思い出すと、「すべてが楽しかった」 と締めくくれてしまう。

 最初は正直不安だった。 先輩たちが日本語で論文を書くだけでもエグっていたのに、一度日本語で論文を書いて、それを英語に直すという、2倍の手間がかかることに挑戦することになったのだから。 しかも、論文と並行して、通常のゼミ活動であるディベート、ケース・メソッドをこなし、途中でオープンゼミの準備もあり、さらには就職氷河期の再来と言われる時代での就活もあった。 しかし、なぜかこのメンツを見たとき、「自分たちなら絶対出来る」 という根拠のない自信があった。 論文を進めるにつれ、そのとき感じた自信は確信へと至る。 そして、論文を終えた今、これらの経験の蓄積は、私の中で根拠ある自信となり、自身を後押ししてくれる。この自信は一生涯の支えにもなるだろう。 これが私にとっての「英論」である。

 このような素晴らしい経験を共有できた英論のメンバーには、本当に頭が上がらない。みんな素晴らしい人たちで、本当に楽しかった。 彼らには格別の感謝を捧げたい。 同期生は、良き友人であり、そしてライバルでもあった。 みんなの論文発表は、本当に素晴らしかったし、感動を得ることもできた。 このような人たちと共に切磋琢磨できる環境にいることができることを幸せに思う。
 6期の先輩方。論文が進まず、どうしたらいいのか分からないときに、自分たちの弱音を受け止めてくれ、非常に有益なアドバイスを頂くこともできました。 ありがとうございました。
 院生の池谷さん、千葉さん、森岡さんにもお世話になりました。 千葉さんとは一緒にご飯を食べに行く機会も多く、論文に関しても非常にお世話になりました。 英論は院生の方々の協力なしには完成しない論文でした。 本当にありがとうございます。
 そして、我らが小野晃典先生。先生の後押しとご指導なしに、英論は語れません。 三田論前に、朝までご指導頂いたこともあり、先生には本当にお世話になりました。 もう、どうやってこの感謝を表現すべきか、思いつかないことが残念です。 ただただ、ありがとうございました、と言うことしかできません。



松本奈保子
 「さすが松本、俺たちにできないことを平然とやってのける!そこにシビれる!あこがれるぅ!」 英語論文発足の話を聞いたとき、最初に思い浮かんだのがこのセリフ。自分を成長させたい、世界に挑戦したいなどというカッコいい理由を口では言っていますが、本音は「なんか皆にすごいと言われることがやりたい」、それだけの理由で英論プロジェクトに参加しました。 という訳で英論発足の当初、実は私、何も考えていませんでした。 頭の中にあったのは鼻の高ーい白人の学者さん達に混ざって堂々と英語でプレゼンをする英論のメンバーの姿。妄想ばかりが膨らみます。

 しかし論文の会議がはじまってみるとその甘い幻想はすぐに打ち砕かれます。 「論文なんて何とかなる、そんなふうに考えていた時期が私にもありました。」 初めて英語の論文を読んだときは、思わずバキのセリフを口走りたくなるような心境でした。 ーーーなんだこれは、呪文か。 最初の単語から意味がわからない。 辞書を引く。 載ってない、専門用語か。 よし、Google先生に聞こう。 専門用語の解説まで英文だと? 辞書はどこだーーー 何回もこの流れを繰り返すうちにようやく英語で論文を書くことの恐ろしさに気がつきました。 自分たちはとんでもないことに首をつっこんでしまったと。

 根拠のない自信に定評のある私ですが、今回ばかりはさすがに不安になり…ませんでした(笑) 中々読み進まない参考文献、迷走するテーマ、近づく中間発表の日。 どう見てもピンチな状況でしたが、いつも楽しく笑いながら作業を進めていたため、不思議と不安は感じませんでした。 一日の半分以上を飲み食いで費やした我が家での合宿、女3人で観に行った超微妙なアマルフィ、りえちゃんを交えてのHUB飲み、ちょい飲み屋での新生英論誕生祝い、なぜか 「トマト」 と書かれたケーキで祝った菊盛バースデー、ホームレスの方々に混ざっての目黒マック合宿、そして何よりさやかをゲストに迎えてのグアム合宿。 大変なことも多かったはずですが、今思い出すのは楽しかった記憶ばかりです。

 私の記憶の中には楽しかったことしか残っていないのですが、これしか書かないと英論 が遊んでいただけのような印象を受けるので真面目なことも少し。 英論は論文執筆においても非常に個性的で、誰か一人が欠けていても完成しなかったと思います。 大量の論文を見つけてきてくれたきっしー、ひたすらSASを回した日浦とざべ、質問票作成のために奔走した菊盛とざべのご家族(笑)、英語の文章をスラスラと書いていた氏田と菊盛…私にはできないことを平然とやってのける英論メンバーにシビれる! あこがれるう! 本当に皆に感謝しています。大好きです。

 日浦きゅんはリーダー本当にお疲れ様です。 THEノーマル、それはつまりオールラウンドプレイヤーであるということが分かりました。 皆が面倒だと思う仕事もきちんとやる日浦を見て偉いなぁと思っていました。 「なんか辛いゾ…!? こいつかっ!」 は小野ゼミ史上最高の名言として歴史に残るでしょう。

 きっしーは論文検索のスキルが本当にすごいと思います。 あと時間の使い方とか。 でも一番すごいと思うのはフハハハ!という笑い声かな。 私が描いたカピバラさんに反応したりグアムでわんちゃんと戯れていたり、意外とカワイイものが好きというギャップが面白いです。 なんだかんだ言ってグアムにも来てくれたきっしーはツンデレなんだと思います。

 菊盛は好みのタイプとか性格とか真反対だったのにとても意気投合したのが不思議(笑)。 お互い極端な変人という点で通じ合うものがあったのかな? 菊盛の行動力と元気の良さ、プレゼンの巧さは尊敬します。 徹夜明けだろうと脚が折れようと全く動じないなんて…恐ろしい子!

 ミポリンは色々最強だと思いました。 参考文献の見直しとか細かいフォントとかエクセルをまとめる作業とかを本当に楽しそうにやる人間は中々いないと思います。 最初は慶女上がりのお嬢様かと思っていたけど、ファミマでの伝説やカイジを全巻揃えているところを見て、やっぱり変態英論メンバーの一角を担う変わり者だと思ったり。

 氏田は…あれ? 英論メンバーだっけ? 笑 どや顔っていじりすぎてごめんね。 でもなんだかんだ言って氏田の実力はすごいと思います。 私はあんなに英語をスラスラ書けない。 ゼミ長やKUBICと両立しながら論文を書くことはものすごく大変だったと思います。 やたらお菓子を食べまくっていたのもきっとエネルギーを補給するためだったのだと解釈します!

 6期の先輩方、あの面倒な質問票調査に何度もご協力いただきありがとうございます。 6期の先輩方は私の癒し、心のオアシスでした。 来年から先輩方がいなくなってしまうのは本当に寂しいです…小野ゼミの楽しみの半分が消えてしまう…!

 千葉さん、森岡さん、池谷さんなど院生の皆さんには非常にお世話になりました。 日本語の論文すら書いたこともない私たちに丁寧に指導してくださり、感謝しています。

 何より小野先生、ご指導いただき本当にありがとうございます。 真夜中にも関わらず添削をしていただいたり、論文の方向性についてアイディアをいただいたり…ここまで熱心に指導してくださる先生がいらっしゃらなければ論文は完成しませんでした。 アメリカの学会に挑戦するという途方もないプロジェクトを始めようと思えたのも、先生が背中を押してくださったからだと思います。 小野先生のように素晴らしい師の元で学べたことを本当に誇りに思っています。

 最後に一言。 エイロンジャーのTシャツの件、すっかり忘れてました。 ごめんなさい



中川美穂
 4月。 半年なんてあっという間、という先輩方の言葉を、春合宿時の私は完全に疑っていた。 自宅の倍以上の時間をグル学で過ごす生活。 永遠に続くのではないかとさえ思われるコトラー。 正直よくわからないまま進む多変量 (ごめんなさい、今はなんとかわかります)。 やること盛り沢山で、1ヶ月ってこんなに長かったっけ…と思っていたのを今でも覚えている。 「忙しいと時間が経つのが早い」 というが、そうとも限らないらしい。 それもそのはず、自分が今まで睡眠に充てていた時間を起きているのだから、単純に活動時間が増えたわけだ。 長く感じて当然といえば当然。

 たったひと月が 「長い」 のに、これからの論文執筆半年が 「あっという間」 であるわけがない――論文チーム発足時の私の心中だ。 その上このメンツ。 7期我が強いランキング上位を占める顔触ればかり。 しかし最初からそれがわかっていながら英論を選んだのは、英語で書きたかったからというよりも、そんな我の強い5人と一緒に論文がやりたいと感じたからだ。 春合宿初日の論文チーム決めのあの時間、英論多すぎと言われようと、某眠りの彼が商学会賞組に乗り換えようと、あの場を動かなかったのはやはり私もそれなりの性格だからだろうか。

 4月の英論チーム発足から1月のオープンゼミで一応の終わりとなるまで、約9ヵ月間。 「あっという間」 はやはり嘘だった。 長くて楽しい、充実した、密度の濃い時間だった。 密度が濃すぎてこの場に何を書けばいいかわからないくらいなので、執筆期間中については他のメンバーの感動的な文面に任せようと思う。

―英論メンバー
 どの論文チームより規則が緩くて、どの論文チームより実は効率が悪くて、どの論文チームより議論が熱くて(英論怖いってよく言われてたよね)、どの論文チームより声がでかくて、多分どの論文チームより自己中が多かったけど、でも、どの論文チームより仲が良かったと思ってます。 論文と無関係のくだらないことで夜中でもメーリス回して、いつの間にか1000件超えたのは英論だけのはず。 ありがとう。 どれだけ長い時間一緒に過ごしても飽きなかったよ。

―まっつん
 英論の7割以上はまっつんでできていると思ってます。 誰よりも働いてるのに愚痴も文句も零さずいつも穏やかなあなたは一体どうしたら怒るのでしょうか。 夏合宿直前の松本家合宿、英論史上最高の進度をみせたあの合宿は、松本家の抜群の居心地があってこそです。 そしてまっつんがリンガーハットで大盛りをいとも簡単に平らげるほどの胃袋と食欲の持ち主だったとは、ドトールのケースの頃には予想だにしませんでした。 今度ワイルドセブン読みたいね。

―きっしー
 どこでその文献検索能力身につけたんですか? きっしーがいなかったらきっと英論の参考文献は全く別物だったことでしょう。 時間にルーズな英論で、集合時間の30分も前に来てたのは尊敬します。 体調悪かったりすると一番初めに気にかけてくれてありがとう。 でも基本的に優しいのに垣間見えるブラックさが良かったです。 私が持ってくる漫画にまさかきっしーがハマってくれるとは思いませんでした。 最初は行かないって言ってたグアムに結局来てくれて嬉しかったです。

―ひうら
 データ解析、論文、大正製薬、夏ケース…6月から9月にかけて、「また日浦ぁ?」 と何回言ったことか。 The ノーマルとか言われてるけど、全然びっくりするくらいノーマルじゃありませんでした。 やたらアバウトな仕事の割り振りも、当日流れる 「今日は10時グル学です」 のメーリスも、日浦だからみんな従ってたと思います。 神保町のマックでFDのレジュメ作って終電で帰ったのもいい思い出です。 田町までの帰り道、いつも背後からリュックのチャック開けてごめんなさい。 代表お疲れさま。

―きくもり
 早くも菊盛と出会ってもうすぐ4年目。 まさか菊盛と同じゼミに入るとは、同じ論文チームになるとは、ついでに同じ入ゼミチームになるとは、3年前一緒に学生証をもらったあの教室では思ってもみませんでした。 元気の良さはあの頃から変わらないね。 徹夜中も菊盛との電話で活力をもらいました。 でも思い返すと菊盛との思い出は、論文期間中の入ゼミの仕事だったり、論文期間中のロシア語だったり、論文期間中のケースのY先輩についての話だったり…骨折はもう大丈夫ですか?

―うじ
 合宿するとあの寒い家で誰よりも先に寝てたね。 氏田の寝付きの良さと寝起きの悪さは英論随一です。 ゼミ長の仕事してると代表から 「庶務禁止」 と怒られてたけど、やっぱり大変だっただろうなと思います。 どうしようもないどうでもいい話でよく笑わせてもらいました。 文章担当お疲れさまです。 氏田の日本語は一文が長すぎて、私が理解するにはちょっと難しかったです。 氏田がKUBIC班に移籍してから新生英論が発足したから、氏田は旧英論メンバーだけどね。

―7期
 インゼミ、十ゼミ、マケ論が次々大舞台でプレゼン成功させていくのが嬉しくて誇らしくて、それ以上にかなり羨ましかったです。 同時に、今までグル学の違うテーブルで一緒に頑張ってきたみんなが解散していくのが少し寂しかったりもしました。 論文と同時進行のグループワークで、論文チームの垣根を越えたメンバーになっても全然違和感なかったところがやっぱり7期だな、と思います。 ありがとう。

―6期の先輩方
 お世話になりました。 日本語で書くのもやっとなのに英語なんて無理無理、と言いながらもしっかりアドバイスしてくださって、そしてあの面倒な調査票も真面目にやってくださってありがとうございました。 先輩方の言っていた通り、何よりも論文を優先してきて本当に良かったと思います。

―森岡さん、千葉さん、池谷さん
 院生の方々の、サポートの域を超えた手厚いご指導がなければ、英論を何とか形にすることはできなかったのではないかと思います。 御三人の後輩に対する面倒見の良さには頭が上がりません。 特に千葉さんには最後の最後まで本当にお世話になりました。 ありがとうございます。

―小野先生
 論文添削のみならず、パワーポイントやプレゼンテーションなど、何から何までご指導本当にありがとうございました。 三田祭前日明け方までずっと添削してくださったり、最後の本ゼミで私たちのプレゼン練習に21時まで付き合ってくださったり、先生には感謝してもしきれません。 そして何よりも、英論という場を与えてくださってありがとうございます。 小野ゼミでなければこんな貴重な経験をすることはできませんでした。 今後とも、どうぞご指導よろしくお願いいたします。

氏田宗利
ただいまの時刻。
AM 3:08

半年前のこの時刻は、僕にとって鬼門だった。
徹夜を誓い、我が家に集まった英論メンバー。
でも、この時刻、午前3時には眠気が一挙に襲ってくる。

今年から始まった英語論文執筆プロジェクト。
「世界に挑戦できるなんてかっこいい!」 と、ほとんど、ただそれだけで、この論文チームに入った。
「英語で論文書くなんて」 先輩にそんなことも言われたような。

実際に始まってみると、テーマ決めから三田祭発表前までは、予想外に順調にものごとが運んだ。
テーマ決めで、初めて先生に相談に行った時。
思わぬ話の盛り上がりに、「これはイケる」、そう思った。
各論文中間発表でも、夏合宿でも、順調に進んでいたことが自覚でき、「これは大丈夫」、そう思った。

ただ、こんな順調さの裏側には、それなりの根拠もあったのだと思う。
夏休みは、ほんとよく集まったし、グアム行ったし。
中間発表前日は、「ここに行けばうまくいく」 という縁起を担いで、決まってサイゼリヤ。
そういえば、我の強い英論メンバーは、ご飯の場所を決めるのも一苦労でした。
三田製麺所派とリンガーハット派でじゃんけん。そんなこともありました。

そして、
三田祭前はほんと焦った。思わぬところで、詰めの甘さが露呈。
他の論文チームが次々に終わっていくなかで、英論だけが三田祭ブース設置のなか作業しました。

忘れもしない、2009年11月26日11時30分。
投稿先の学会、International Academy of E-Businessから、
 your proposal/paper has been accepted for presentation
の一文がきたときには、「報われた」と思ったことを覚えています。
これを見たのも、僕達のホームグランド、グル学でした。

日浦――「こいつとなら大丈夫」
 日浦が「英論代表やるよ」って言ってくれた時は、嬉しかったな。 それから、よくぞこのメンバーを纏めてくれました。 特に、リーダーではない僕を扱うのは大変だったかもしれなかったね。 「あ、今大丈夫??」 から始まる日浦の電話には、癒されることもしばしばでした。

キクモリ――「こいつ、すげー」
 キクモリとは、最初のケースから一緒で、何も気にせず怒りをぶつけることができる人でした。 だから、僕のことを最初のときより嫌いになったでしょう。 でも、僕の愛情は変わりません。 「踏ん張り力」 はピカイチで、「やるっきゃないショー!!」 の声が印象的です。

きっしー――「助かるわー」
 きっしーは英論のお兄さんという感じ。 暴走気味の僕をいつも優しく包んでくれていました。 「まってーやー」の僕の真似は、僕以上に大阪人でした。

まっつん――「頼りにしてます」
 実はクラスが一緒という仲ですが、この1年間で話した回数は、日吉での2年間の何十倍でしょうか。 ほんと頼りになるまっつん。 口が先行する英論チームで、実務家の本領を遺憾なく発揮してくれました。

ザべ――「いい女やね」
 ザベはいつも優しいけど、議論になると「なぜなぜ攻撃」で、僕達の論文の質を高めてくれました。 その鋭さには感服です。 「えー、なんでー?」 もうこの言葉は聞きたくないな。

6期の先輩方、院生の皆さん
 いつでも、優しく、鋭く、高度に、アドバイスありがとうござました。 特に森岡さん。 三田祭前の英論最大のピンチを救ってくれたのは、森岡さんでした。 困り果てる僕のパソコンを取り上げて、ものの10秒で、起死回生の一打を見つけてくれました。

小野先生――「ご指導ありがとうございます」
 この言葉では表すことができない想いで一杯ですが、やはりこの言葉が一番しっくりきます。 いつ何時も、未熟な我々に対して、丁寧なご指導と深い愛情を注いでいただいて、本当にありがとうございました。 そして、これからも、ご指導よろしくお願いします。

最後に英論メンバーにもう一言
 再結集して、「未完の大器」 を完成させようか!!



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第7期英論研究プロジェクト・メンバー:
日浦 一樹(代表)
菊盛 真衣
岸本 啓太朗
松本 奈保子
中川 美穂
氏田 宗利

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2010317

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