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・ 四分野インゼミ研究報告会とは ・ 小野ゼミにとっての位置付け ・ 2018年度の小野ゼミの研究テーマ ・ 2018年度の参加ゼミ ・ 研究経過報告 ・ 英論プロジェクトとして海外出張! (別ページ) ・ 発表会当日のスケジュール ・ 発表会当日の模様 ・ 研究を終えて |
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「マス・カスタマイゼーションにおけるジルト効果 ―魅力的な製品を諦めた消費者のブランドスイッチ―」 |
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インターネット上のカスタムオーダー・システムは、細かな顧客ニーズに合致した製品を提供できるという利点を持つものの、提供プロセスが複雑であるという欠点を併せ持つ。この欠点を克服するため、カスタムの注文を断念した消費者を既製品販売サイトに導くハイブリッド戦略が採用され始めている。しかし、この戦略は「ジルト効果」が生起するために有効でない可能性がある。本論は、この問題について検討する。
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6月 梅雨の気配が漂い始めた6月上旬、滑り出しは上々であった。 空席が目立ち始めた昼下がりの300円屋(期間限定でカニ料理を提供する、曰く付きの居酒屋)にて、僕たちは、執筆テーマとの邂逅を果たす。 エビチリを待つ間、何気なくJCRのIssuesを眺めていた著者の目が、”Jilt”という見覚えのない文字列を捉えた。 「ジルト」という音の響きがクールだと思う。 確か、そんなことを前置いて、僕はみんなを巻き込んだ。 (岩間) 7月 春学期最後の本ゼミ。 ここまでの論文活動を振り返ってみて、各メンバーから様々な感想が出る。 「楽しかった」 「辛かった」 「あっという間だった」 「論文読むの面白い」 「仮説めいたものができてよかった」 「痩せた」 「太った」 「肌が荒れた」etc… きっとそれぞれの胸の中に論文を通して得られたものと失ったものがあり、悲喜交々であろう。 しかし、春学期最後の本ゼミ前に今学期を振り返って悠長に感想を言い合う暇がある我々は、同期のもう一つの論文班と比べて 『圧倒的に余裕である』 と言える。この後、昔話のうさぎと亀の競争の如く、追い抜かされてしまうとは露知らず。。。 (北澤) 8,9月 怒涛の試験期間が終わり、夏休みが始まった。 夏合宿の三田祭論文中間発表に向けて早速学校に集まり議論を交わす日々が再開した。 とはいえ、暑くてどうしようもない日は、何時からと時間を決めて、チーム内でグループ通話をしながらの自宅研究という日も珍しくなかった。 今年の夏合宿は、千葉県の白子で行われた。 合宿の前日も全員でグループ学習室に残り、発表用資料のパワーポイント等を作成していた。 作っている際に、 「夏合宿だから海の背景のデザインにしよう!」 と隣に座っていた同期が言っているのを耳にし、顔を見合わせ思わず笑みがこぼれた。 合宿まで残り限られた時間、それぞれができることを探し、必死で準備に取り組んでいた。 夏休みの終盤に行われた中間発表を通じ、小野先生や大学院生の方々、先輩方と昼夜を問わず論文についてお話させていただく機会ができ、自分達も成長する機会になったのではないかと思う。 秋学期から始まるコンテンツである、学会発表、三田祭に向けて、今まで以上に強い意志を持って頑張ろうと改めて一人一人が思える夏合宿にすることができたと感じている。 (関口) 10月 10月のある日の三田キャンパス ?:「ムスクジャスミンと、ミントと、ワインと、レモンと…。9種類もあるし、ムスクジャスミンを既製品Aにしよう。」 ?:「ムスクジャスミンだと、いい匂い過ぎない?」 ?:「なるほどね。じゃあミントにする?トイレの消臭剤みたいだけど。」 ?:「それだと、そもそも既製品として選好が形成されないでしょ。」 ?:「うわっ。この空間匂いキツくない? 『公害』 ならぬ 『香害』 じゃん。」 ?:「うまいこと言った風に言うなよ??」 それから数日後の日吉キャンパス ?:「ミントとレモンを混ぜたら、ストロングゼロダブルレモンみたいな匂いできました。 これが魅力的だとアル中みたいなんで、カスタマイズ失敗したってことにしますね。 じゃあ、既製品Aの匂い忘れたから既製品Bにします。」 (柳原) 11月 執筆の佳境とされる11月を迎えても、チームの雰囲気はとても穏やか。 些細な冗談でこぼれる笑み。 ホワイト企業もビックリの定時前退社。 手元には、最終章までの下書き。 僕たちのQOLは、この半年間、一定の水準を保ちながら、安定推移してきた。 全てが順調で、順調すぎる。 伝え聞いていた話と自分たちの現状が、あまりに違っていて、僕は不安だった。 そして不安は的中する。 修正に次ぐ修正、徹夜に次ぐ徹夜である。 三田祭直前の1週間、自分が何をしていたか、僕はよく覚えていない。 カラオケでキーボードを叩き続ける仲間の死んだ魚のような目と、イートインスペースで突如として踊り始めたKくんが、断片的な光景として頭に浮かぶのみである。 1週間に渡る徹夜の敢行と、小野先生の全面的なバックアップのおかげで、なんとか僕たちは脱稿にこぎつけることができた。 全員で同じ方向を向いて、ノンストップで走り抜けた1週間。 心地の良い疲労感が、僕たちの全身を優しく包んでいた。 (岩間) 1月 テスト期間であるにも関わらず、英語要旨を執筆する日々…。 それもそのはず、私たち英語論文チーム有志は、来年度7月に開催される、GFMC (Global Fashion Management Conference) の出場権獲得に向けて、投稿する英語論文を作成しているのである。 テスト勉強よりもゼミ活動の方がずっと楽しいため、ついついゼミのことに注力してしまうのは仕方がないことだ。 (p,s. テストの結果については触れないで欲しい。) こんなにも全力で取り組んできた私たちの論文を、世界に発信することができるのであれば、それよりも光栄なことはない。 私たちは、ただただ発表権獲得を願うばかりであった。 (土谷) |
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報告会日時:2018年12月22日 報告会会場:日吉キャンパスJ11教室 |
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| 11:30 発表者集合 11:35 開会の言葉 (横田先生) 11:45 佐藤 和研究会 研究報告 指定討論者: 岡本先生・山本ゼミ生・高橋ゼミ生 12:30 山本 勲研究会 研究報告 指定討論者: 佐藤先生・園田ゼミ生・岡本ゼミ生 13:15 園田智昭研究会 研究報告 指定討論者: 山本先生・横田ゼミ生・佐藤ゼミ生 14:00 横田絵里研究会 研究報告 指定討論者: 園田先生・高田ゼミ生・山本ゼミ生 14:45 高田英亮研究会 研究報告 指定討論者: 横田先生・小野ゼミ生・園田ゼミ生 15:25 休憩(15分) 15:40 小野晃典研究会 研究報告 指定討論者: 高田先生・高橋ゼミ生・横田ゼミ生 16:25 高橋美樹研究会 研究報告 指定討論者: 小野先生・岡本ゼミ生・高田ゼミ生 17:10 岡本大輔研究会 研究報告 指定討論者: 高橋先生・佐藤ゼミ生・小野ゼミ生 17:50 閉会の言葉 (高橋先生) 17:55 写真撮影・撤収 |
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| 12月22日、日吉キャンパスにて、四分野インゼミ研究報告会が開催された。 四分野インゼミ研究報告会は、商学部を構成する四分野(経営、会計、商業、経済・産業)のゼミが、それぞれの研究成果を報告する場である。 今年は昨年よりも1ゼミ多い、岡本ゼミ、小野ゼミ、佐藤ゼミ、園田ゼミ、高橋ゼミ、山本ゼミ、横田ゼミ、高田ゼミの計8つのゼミによる報告会となり、一層活発な議論が展開された。 KSMS・三田祭発表というビッグイベントが終わり、正直なところ私にとって、当初インゼミは、消化試合という位置付けであった。 しかしながら、いざ発表練習を始めると、大きな問題が発覚した。 ゼミ生から次々と飛んでくる模擬的な質疑に対して、上手く応答できないのである。 そこで私は気付いた。 自身の研究に対する愛が、理解が、不十分であったと。 インゼミは私に、ゼロから真摯に研究に向き合う機会を与えてくれた。 「研究の素晴らしさを、オーディエンスに見せつける」。 そんな心意気で発表に臨みたいと考えながら、前日の夜は眠りについた。 (翌日、いつものメンバーが普段通りに、朝練に遅刻した。 流石にあれはマズかったと反省しております。 ) 8ゼミもいると流石に人が多い、というのが壇上に立った感想である。 こんな大勢の人に見られるとか、めっちゃ興奮するなーと思って会場を見渡していいたら、アナウンスがかかり、我々の出番となった。 発表は私のイントロから始まったが、いつも通りポインターをぶんぶん振り回していただけなので、特筆すべき点はない。 続く2番手は、北澤くん。 聴衆に問いかけるような語り口は、流石の一言である。 珍しく1箇所間違えたようだったが、冷静なリカバリーはミスをミスだと感じさせなかった。 3番手は、土谷さん。 常にチームを牽引してきた彼女に寄せる信頼はひときわである。 その信頼に応えるかのような、彼女の自信に満ちた言葉は、聴衆を圧倒していた。 4番手は、関口さん。 ことパッションという点において、彼女の右に出る者はいない。 熱のこもったスピーチは、横で聴いていた私をも聞き惚れさせた。 プレゼンの締めは、柳原くん。 最後のパートは内容が複雑、かつ分量も多く、噛み砕いて伝えるスキルが求められた。 彼はこのプレッシャーを笑顔で跳ね除け、 「終わり良ければすべて良し」 を体現した。 続く質疑応答では、鋭い指摘を多数頂いた。 ゼミ外からの新鮮な意見を楽しみながら、その多くにおいて、活発ディスカッションを繰り広げることができた。 2018年、最後の公式イベントを良い形で締めくくることができたのは、繰り返しフィードバックを下さった小野教授や先輩方、それから同期のみんなのお陰である。 発表後、直接コメントを下さった高田教授、質問をくれた他ゼミ生の方々、ならびに、インゼミという学際発表の場を毎年設けてくださる教授陣の皆様にも感謝を申し上げ、結びとさせていただきたい。 (岩間) |
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ありがとうございました。 その他の写真のダウンロードはこちらからどうぞ! |
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インゼミを終えて、というより、三田祭論文執筆の総括になる。 唐突だが、僕が論文代表という役職に就いていることを覚えている人が、何人いるだろうか? 何を隠そう、僕の論文代表としての存在感はゼロに等しかった。 リーダーらしき仕事をした覚えがない。 強いて挙げるならば、プレゼンでよく喋ったというくらいであろう。
しかし僕はこの事実を、否定的には捉えない。 僕はリーダーの仕事をしなかったのではなく、する必要がなかったのだ。 無能な人間の言い訳に聞こえる? 確かに、僕は仕事ができる方ではないので、僕が無能であるという指摘はごもっともである。 しかしながら、僕のチームが、リーダーによるマネジメントを必要としていなかったのは、紛れもなく真実である。 論文代表が全体の指揮を執るまでもなく、自然と執筆の計画が立ち、(ある1名に仕事量が偏っていた気はするが)プレゼン用資料が完成し、何かイベントがあれば、自然とクオリティーが追求された。 当執筆チームは、ティール組織として、そこいらの量産型大学生との差別化を、順調に推し進めていったのである。 話をぶっ飛ばすが(研究後記は思いつくままに書き、構成は考えないとかねてより決めていた)、僕は飽きっぽい。 1つのことを長く続けた経験が、ゼミに入るまで皆無であった。 そんな自分が嫌だった。 胸を張って自慢できる経験を積みたかったというのが、僕の語られざる小野ゼミへの入会理由である。 今年、人生で初めて、1つの事柄に真摯に向き合った。 整理されずに逡巡する思考と、理解を深めるほどに複雑さを増していく理論モデルに、心底嫌気がさした。 思っていた以上に、僕は頭が悪いということを、実感させられた。 飄々とした態度でグループワークに臨むように心がけていたが、裏では結構苦しかったりした。 僕が最後まで執筆を投げ出さず、続けられたのは、どんな些細な疑問にも、ゼロから付き合ってくれるチームメイトがいたからである。 月並みな感想ではあるが、このメンバーで活動できたことを、僕は嬉しく思っている。 |
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どういう経緯でこのメンバーになったのか忘れてしまいましたが、似ている人が誰一人いない、つまり、それぞれに全然違う考え方をする人が集まったチームであったように思います。 これは、チームの最大の強みでありかつ最大の弱みであったと実感できます。 各メンバーが違っているからこそ、役割分担が自然に決まりそれぞれの個性を存分に発揮できる場面が多々あった一方で、各メンバーが違っているからこそ、足並みを揃えたり意見を収斂させることに腐心する場面が多々あった印象があります。
岩ちゃんは、俺様タイプです。 チームの推進力となるプロペラである一方で、酔っ払うと 「論文代表の俺様が〜」 なんて言葉を宣うことがあります。 鈴ちゃんは、自分にも他人にも厳しいタイプです。 誰よりも仕事をこなしますが、他のメンバーの自由な行動 (主に僕の寝坊や僕の寝坊や僕の寝坊) にストレスが溜まってしまい、それを何とか寛容に対処しようとしますが、やはり外側にその負の感情が出てしまい変な空気になったりします (僕が100パーセント悪いですね、ごめんなさい)。 やなーはいい意味でも悪い意味でも自尊心がめちゃくちゃ低いです。 自分のキャパシティを過小評価していて、それ故に計画的にタスクをこなしたりすることはものすごく得意ですが、酔っ払っても酔っぱらわなくても、自分のことを卑下する発言ばっかりします。 はるかちゃんは、いっつもふんわりしてます。 周りに合わせながらどんな仕事もこなしてくれますし、チームの雰囲気を和ませるすごい才能がありますが、自分からチームの意思決定に積極的に介入することは少なかった気がします。 このように一長一短あるチームではあったものの、チームとして瓦解することなく、目標に向かってひた走ってきた日々を誇りに思うと同時に、懐かしさもこみ上げてきます。 論文活動の道程の中で、最初のマイルストーンとなったKSMS。 初めての論文発表で、しかもその発表を英語で行うというチャレンジに向けて、努力しました。 その過程で、分かりやすく伝えることの難しさを何度も何度も痛感させられました。 「この英語で相手に伝わるだろうか」 「この発表構成にすれば相手に違和感を抱かせることなく自分たちの研究内容を理解してもらえるだろうか」 「このパワポの図で相手は感覚的に、一瞬で理解できるだろうか」 こんなことを相手側の視点に立って、様々な方々の力を借りながら、チームで精査しました。 この努力の甲斐あって、本番では、研究者の方々が発表の最中に、頷きながら僕たちの発表の聞いているのが伝わり、本当に嬉しかったです。 それから、三田祭を経て四分野インゼミ。 三田祭期間になかなか論文が完成せずに、論文期間を通して初めて僕たちは徹夜しました。 ここでも立ち塞がったのは、伝えることの難しさです。 論文の難解な内容を如何にして初めて読む人に分かりやすく伝えるか。この難題に夜を徹して立ち向かいました。三田祭でキャンパスがどんちゃん騒ぎする中で、内容を分かりやすく修正したり、論文のゆらぎを発見したりする経験は、僕たちの心を強くした気がします笑。 そして、三田祭の後に迎えた四分野インゼミでは、やはり分かりやすく伝えることを意識して、発表を行いました。 分野が異なることもあり、研究の質を比べるのは、ナンセンスだと思いますが、発表の分かりやすさという面では小野ゼミが一番だったと自負しています (こんなことを言っていいのか分かりませんが。。。)。 この、論文活動期間を通して自分たちは様々な面で成長することができました。 これは、ゼミのいろんな方々のご助力がなければ成し得なかったことです。 僕たちの研究に、本気で向き合ってくださり、時には夜を徹してまでご指導いただいた小野先生をはじめ、大学院生、15期の方々、他のチームの同期には、感謝してもしきれません。 本当にありがとうございました。 卒論も頑張ります! |
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「諦めないうちは失敗とは言えない」
この言葉は、高校生の頃から私がモットーとしている言葉です。 「失敗」 とは、上手くいかずに転ぶことではなく、転んだ後に起き上がらないこと。 失敗した後に立ち上がる時こそが、いつかしか大きな 「成功」 に近づく瞬間であると私は思っています。 6月から約半年間にわたる長い論文活動にようやく終止符を打ちました。 論文活動での一瞬一瞬を一枚一枚の写真に残していたとするなら、きっと山積みの写真タワーになるのではないかと思います。 たくさんの人に話を聞いてもらい、たくさんの人から力をもらい、支えられた半年間でした。 英論チームが決まり、グループ学習室にチーム全員で集まり顔を合わせたあの5月、今までに感じたことのないような期待と嬉しさが一気にこみ上げたことを今でも覚えています。 一言一言の発言に威厳のある人、論理的思考力が備わっている人、全体を見据えることができる人。 自分には持っていない素晴らしい素質を持つ同期が、こうしてひとつのチームとして集まり、これから先自分たちで何かを生み出そうとしていると思うと、とってもわくわくしたからです。 とはいえ、長い論文活動は私にとって困難の連続でした。 英語の論文を読み漁るものの、話が理解できずに遅れをとってしまったり、適材適所でチームに貢献することができなかったり、仲間に用語や実験の説明を二度も三度もさせてしまったり。 「あの時みんなよりも二倍努力していれば」 「あの時積極的に発言していれば」 と後悔する場面がいくつかありました。 自分がモットーとしている 「諦めないうちは失敗とは言えない」 という言葉通りに行動できているのかさえ分からなくなる時だってありました。 正直、諦めかけそうになった時もありました。ですが、そんな私もなんとか最後まで論文活動を終えることができました。 それは、遠いように感じていただけで実は一番近くにいる同期の存在があったからでした。 特に英論チームのみんなには、ありがとうというという一言では言い表せないくらいの感謝の気持ちをここで言いたいです。 岩ちゃんへ。 論文代表が岩ちゃんで本当に良かった。 先生相談、メールのやり取り、プレゼン、いつ見ても岩ちゃんの姿は本当にかっこよくて憧れでした。 あらゆる面から全力でサポートしてくれてありがとう。 涼平くんへ。 小さなことにでも気を使って声かけてくれたり、ご飯を食べに行ったり、一緒に帰ったり、この半年間涼平くんのおかげで楽しかった。 ありがとう。 柳原くんへ。 論文で分からないことを言ったら、マーカーを取り出してホワイトボードに詳しく書き始めて教えてくれた時は、柳原くんの人の良さを心底感じた。 役職の仕事で忙しい中お疲れ様、そしてありがとう。 鈴へ。 実験の時計のパワポ作ったり、漫画喫茶で作業したり、5時に一緒の電車で帰ったり、いつも一番近くに鈴がいてくれて本当に心強かったです。 半年間、一緒に英語の論文読んだり、実験したりしてくれただけでなく、周りを見ていつもみんなを引っ張ってくれる鈴が私の原動力でした。 今でも鈴は憧れです! 本当にありがとう。 こうして小野ゼミに入り、高い志を常に持つ同期と論文を書くということは私にとって非常に貴重な経験でした。 小野ゼミに入らなければ、素晴らしい先生、先輩方、同期に出会うことはなく、出会わなければ、国際学会に出ることも、誰かと議論を交わすことも、ここまで誇りを持てるレべルの高い論文を書く事も絶対にできなかったと思っています。 最後に、どんな時でも熱心にご指導してくださった小野先生、的確なアドバイスをくださった大学院生の皆さま、グループ学習室に何度も足を運び寄り添ってくださった15期の先輩方、そして共に苦楽を乗り越えてきて最高の同期に、感謝申し上げます。 心からありがとうございました。 |
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論文活動が始まってからの日々は、私の人生の中で最も充実した日々でした。 毎日のようにグル学集まり、時には帰り道やお風呂の中で論文のことを考えるほど研究活動に満ち溢れた日々は、今となっては私の宝物です。 論文活動中にお世話になった皆様、本当にありがとうございました。
英語論文チームの論文活動は、周囲から見ると、何事もなく常に順調に進んでいたように見えたかもしれませんが、私自身、悩むことも多々もありました。 いつになってもなくならない遅刻… 時にはモーニングコールでチームのメンバーを起こすことも… 「私は母親か!」 と思う時もありました。 「注意すべきなのか、でも、チームの仲を乱したくない…」 そんな心の葛藤が何度もありました。 しかし、いざ集まって一緒に活動すれば、チームの一人一人の論文をまるで我が子のように愛する熱い想いを感じ、私も刺激を受け、もっと頑張りたいと意欲を掻き立てられる、それが英語論文チームでした。 今となっては、このメンバーで論文を書くことができて良かった、心からそう感じます。 私たち、自由奔放マイペースな英語論文チームが論文を書き上げることができたのも、周囲の方々のたくさんのお力添えがあったからこそです。 小野先生は、文字通り昼夜問わず、毎度心を打たれるほど丁寧にご指導をしてくださり、常にチームの意欲を掻き立ててくださいました。 小野先生のご指導がなければ、間違いなく私たちの論文は完成しませんでした。 心より、感謝申し上げます。 先輩方は、毎度ゼミで鋭いご指導をしてくださり、論文活動が行き詰まった際は、親身になってご相談に乗ってくださいました。 本当にありがとうございました。 そして16期のみんな、大変な時に助け合い、互いに高め合いながらここまで活動をしてきました。 みんなはいつも心の支えでした。 本当にありがとう。 最後に、論文活動を共にした英論チームのメンバーに、一言ずつお礼を言わせてください。 岩ちゃんへ 論文代表として、持ち前の文才で、私たちの論文執筆活動を常に引張てくれた岩ちゃんには、感謝の気持ちでいっぱいです。 何事もじっくり理論的に考える岩ちゃんの姿勢には、いつも憧れを抱いていました。 論文代表として、大変な時期もあったと思いますが、最後まで代表としての役職を全うしてくれた岩ちゃん、お疲れ様でした! 涼平へ 小野ゼミのブレインこと涼平は、論文活動が行き詰まった時の打開策をいつも提案してくれました。 難しい分析も、涼平がいたからスムーズに進めることができたと思っています。 グループワーク中に変な踊り(?)をして、場を和ませてくれる涼平の姿も印象的でした(笑)ありがとう! 治花へ 治花がいなければ、こんなにも楽しく論文活動を行うことができなかったと思います。 徹夜が続いて大変だった時も、治花はいつもチームに笑顔を生み出してくれました。 治花と論文執筆活動をすることができて、本当に良かったです。 楽しい時間をありがとう! やなーへ やなーは、いつも鋭い視点で、論文の間違いを指摘してくれました。 要旨を英語で書く時も、持ち前の英語力を生かして、大活躍でした。 論文活動中に、やなーの恋愛事情とか聞くのも楽しかったよ(笑)ありがとう! |
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「私はjiltって単語を見たことも聞いたこともないよ。珍しい単語だね。」 この言葉をアメリカ在住17年の後輩から受けて取ったのが、長い付き合いとなった 「jilt」 に対する最初の思い出だ。 以来、難解な概念である「jilt」のメカニズムは論文班の前に立ちはだかり、論文を修正する最中ですら、苦しむ始末であった。
この難解な 「jilt」 をテーマに、海外学会で研究発表することができ、三田祭論として完成することができ、また四分野インゼミで発表することができたのはひとえに、私たちの指導教授、小野晃典先生の熱心なご指導と、数えきれないご助言のお陰である。 論文の展開や実験財の選択など、論文執筆活動で直面した課題点はいつも小野先生のアイデアによって解決されてきた。 また、小野先生が丁寧に添削くださったことで、私たちの三田祭論文はどこに出しても恥ずかしくないものとして、HPに掲載され、今後も私たちの活動の結晶として残っていくのだ。 小野先生、本当にありがとうございました。 また、大学院生さん、15期の先輩にはサブゼミや本ゼミの場、またグループ学習室でもたくさんのご指摘とご助言をいただいた。 先輩方のように後輩を指導できるようにならなければならない、と自覚しつつもその背中はいつも大きいものであった。 先輩たちのように、指導できるよう、尽力していきます。 最後に、岩間班をはじめとした同期にも感謝を述べたい。 過去の先輩に比べれば、平穏な論文執筆活動であったように思われることもあり、決して優秀ではない私にとっても、同期とともに活動した論文執筆活動は人生の中でも有数の楽しい思い出であった。 夜ご飯にしばしば食べた武源家の味や、芝公園で酔いつぶれた時の夜風は忘れようにも忘れられない。 そんな楽しい論文活動の中の心残りがあるとすれば、体調管理の甘さから三田論の仕上げに最後まで関与できなかったことだ。 やり遂げるべき活動をやり遂げられなかったことは今でも本当に悔しい思いである。 論文執筆活動中に得たものをまとめるならば、 「仲間とやり遂げた自信と、やり遂げた自分への幾分かの肯定感」 である。 「論文活動を通じた成長」という入ゼミ前はわからなかった先輩たちの言葉が、実感を伴って分かった気がする。 |
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第16期 英論プロジェクト・メンバー:
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2019年3月13日
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